麦茶を色々調べてみた話

麦茶を色々調べてみた話

ko rokkufera-どうもこんにちは、日本麦茶党代表理事のオガサです。近頃は候補者擁立に向けて忙しい日々を送っています。

 

というのはウソでございますが、先日のブログにも書いた通り、僕は麦茶が好きです。

どのくらい好き方いうと種から育てちゃうぐらい好きです。

 

 

でも、麦茶って知ってるようで知らないことも多いように思います。

そんなわけで今日は麦茶について色々と調べてみた誰得な情報満載でお送りしていこうと思います。

 

 

二条大麦と六条大麦

 

 

ko rokkufera-まず、前回のブログでも少し触れたように、麦茶には二条大麦六条大麦があります。

二条大麦は明治時代にビールの原料用として入ってきて以来主にビールの原料として使われています。

と、いうことは日本にもともとあって、日本で大麦と言えば、六条大麦を指します。

古くから煎って粉にしたものを「はったい粉」「麦こがし」と言って食べられてたらしいのですが、今度僕もこれ作ってみたいなと思っています。

 

 

今の主な使い道は「押し麦」や「麦味噌」の原料、そして麦茶です。

 

ちなみに大麦はさらにはだか麦皮麦に分けることができるのですが、皮麦は殻が子実に密着して離れにくいですが、裸麦は簡単にはがれます。裸麦は麦味噌の原料になっています。

 

対して麦茶はというと、丸粒麦茶を見たことがある人ならお分かりのように皮が付いたまま煎ってあります、つまり麦茶は六条大麦の皮麦というわけです。

 

 

大麦の歴史

 

 

ko rokkufera-と、まあ大麦の日本の概要についてはハイパーざっくりとわかったわけですが、大麦の原産国は日本じゃありません。

原産国は中央アジア、新石器時代にはすでに肥沃な三日月地帯で栽培が始まっていたというから驚きです。

当時の食べ方は煎って粉にした斧を粥状にして食べていたということなので、要は先ほど出てきた「はったい粉」をお湯で溶いたものですよね。

 

うん、おいしくなさそう。

 

時が経って、11世紀末頃のペルシアの文学作品『ノウルーズの書』に大麦は植物の王様として紹介されています。

ノウルーズ=春分の日で、ペルシアの元日に当たる日でした。

その日に王の御前に備えるべき縁起物が黄金(金貨)、剣、馬、弓矢、鷹、ワイン、美形の若者、そして大麦でした。

 

えっ!?美形の若者!!!!

び、び、美形の若者!?!?!?!?!!?!??!?!?

 

なんと、この頃王の前に美形の若者も縁起物として供えられました。

ああ、美形の若者がどうなったのか考えたくない。。。。。。

僕が美形の若者で、指名されたら

「いや、自分全然ブスっす。」とか言いますからね。

その頃は名誉のことだったのでしょう。

 

まあ、僕は美形の若者ではないので関係のない話なのですが。

 

と話が脱線しましたが、ここで重要なのは大麦が植物の王様として供えられていたことです。ちなみに黄金は鉱物の王様馬は四速歩行の王様鷹は鳥の王様などなど、選出理由は何らかのということです。

 

では大麦はなぜこの時代のペルシアで植物の王様だったのか??

このノウルーズの書にはさらに詳しく

〔大麦の〕苗とそれに関して知っておくべき事柄

という章があります。

当時のペルシアでは大麦はどういう植物だったのかということが書かれています。早速それを見ていきましょう。

 

ノウルーズのしょ

 

 

ko rokkufera-ここに書かれている、理由はいっぱいあります。

 

まず園芸学的に大麦は優れているということ。具体的にいうと。

①大麦は食用の穀物の中で最も早く芽吹く。

②「穀物庫から出て40日で穀物庫へ戻る」

③大麦はどこに播かれても芽を出し、どの穀物よりも早く成長する。

とされています。

 

「穀物庫から出て40日で穀物庫へ戻る」というのはどういうことでしょうか?

ん〜。大麦が黄金色になるぐらいまで育てるのなら40日ではとても足りないはず、、、。。

すみませんこれは謎のまま。

40日ではありませんが、小麦ライ麦に比べると圧倒的に早く収穫できるようになるのは確かです。

 

割とこの後はスピリチュアルな理由や、本当にそうなのか疑わしい情報が続きます(でも往々にしてスピリチュアルな話には、ある程度論のたった原因があるものです。新興宗教以外は。)

 

さて、園芸学的理由以外に、薬用としても食事用としても大麦は優れた賢者に好まれて飲まれたとされています。

モデルがココナッツオイルを好めば、女の子がココナッツオイルを買う法則と同じで、この頃の人も、賢者が好んで飲んだものを飲んだわけですね。

人間って変わらないものだ。

 

賢者だけではなく、イラクの医者は大麦を祝福された水と呼んでいました。

さてそんな大麦、どれくらい凄いと書かれているのかというと、

炎症 、脱毛症 、間欠熱 、チフス熱 、咳 、脳炎 、 消耗熱 、結核 、肝臓の痙攣 、激しい動悸 、腎臓の痙攣 、胃の乾燥 、偽の渇きに効いて、

睾丸、頭、胸、脇腹、肝臓、 胃、骨折、肋骨、火傷、痛風の塗り薬になるらしい。

 

ぱ、ぱねえ。大麦。。。

 

しかも神経が弱って足が動かなくなった人には、大麦のふすまの煮汁に浸すと治るらしいので、もうほぼ万能薬です。

 

ワセリンも驚愕の万能ぶり、、、、。

 

し、しかもですよ、、、

大麦を播種する時期の月蝕の夜に大麦を播き、それでつくったパンを狂人 に与え〔て食べさせ〕ると、正気を取り戻す、と言われている。

精神病にまで効く。。。。。。。

 

ちなみに大麦のパンは小麦と違ってグルテンが入っていないので、すごく硬くなるらしいです。なんで固いパンで正気に戻るのだろう。

 

とまあ、伝わったでしょうか?

この万能ぶりが大麦が王様たる所以!

 

 

あと、さっきは軽く流したのですが、

イラクの医者は大麦を祝福された水と呼んだ

と書きました。

 

そう、水?

これは麦茶でしょうか?それともビール??

ビールはこの頃にはすでに生産されていました。

しかし、ビールを崇めるのならワインと同じように、王の前に備えるのはビールであるはず、、、

 

なのでこの水は麦茶!!!ではないか、、というのが私の仮説。

 

 

煎った煮汁なのか、まんまの大麦を煮出したのか、、、、

粉にする前には煎るのだからおそらく、ここでも、、、

煎った大麦を煮立てたものが祝福された水なはず、、、、、

まさかふすまの煮汁が祝福された水??

 

ということで、、、、

 

麦茶=祝福された水!!!!(あくまで願望込みの仮説。)

 

ここまでの参考文献

『食と文化 時空を超えた食卓から』第三章ペルシア宮廷のワインとシャーベット 守川知子著 2015 北海道大学出版会

『伝ウマル・ハイヤーム著 ノウルーズの書』 訳注・校訂 守 川 知 子・稲 葉 穣京都大学人文科学硏究科付属東アジア人文情報学硏究センター 2011  http://www.kita.zinbun.kyoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/2011/10/nawruz.pdf

 

 

さて、歴史を長々と振り返っていきました。ここで再び日本の大麦に戻ってきましょう。

日本には弥生時代には大麦は伝わってきており、奈良時代には栽培されていたと言います。製粉する必要もなく、米の裏作として優れていた大麦は日本においても大切な作物でした。

大麦の需要と供給から、今日本で大麦がどのように消費されているのか少し見ていこうと思います。

 

 

 

日本大麦今、昔

 

 

ko rokkufera-さてさて、そうして再び日本に戻ってきます。

最初に少し触れたように、日本でも古くから大麦は食用として生産されてきました。

でも、大麦と言えば主食というよりはビールや麦茶の原料としての嗜好品の印象が強いも確か。

では昨今の大麦の消費はどうかというと、1960年代から70年代にかけての減少傾向が続いた後は比較的安定して推移しています。

最近になると健康志向も後押しとなり押し麦の消費は増加、麦茶も夏の嗜好品として一定の人気を誇り続けているというから、ある程度の地位は確保しているというわけですね。

 

六条大麦の約8割は押し麦として加工されます。

しまし、六条大麦の生産は押し麦向けがメインであるにもかかわらず、2000年代初頭には押し麦の需要増加に対処できるほど供給がなく、輸入の割合が増える時代もあったそう。でも近年は生産量も増加して需要をキャッチアップできるほどになっています。

 

 

とはいえ、麦茶の生産は45 千トンから 50 千トンの間で安定的に推移しているものの国内産供給だけでは足りないためカナダさんの六条大麦が麦茶用として輸入されています。

まあ、スーパーなどでも国産原料100パーセントの麦茶は簡単に見つかると思うので、気にするほどのことではないと思いますが。

麦茶は焙煎するとはいえ、皮が付いたものをそのまま煮出すものなので、農薬とか気になる方は気にしてみてください。

 

 

 

 

 

と、こんな感じで麦茶(特に大麦)のあれこれを調べてみました。ただ作るだけよりもあれこれを知ってやるとなんだか楽しいものです。

麦茶を作ろうと思っていた時には、それがまさか神に祝福された水だとは知りませんでした。

 

これから、お年寄りのお宅に「万病に効く!!イラク人医師公認の神に祝福された水」を売りに行こうと思います。

 

ではまた。